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のんびり創作ブログ。
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そもそもが気に食わねえ。
先代座長の息子だからって、何であんな若いのに従わなけりゃならねえ。
あの、いちいち人を馬鹿にしたような偉そうな態度。
おれはあいつが大嫌いだ。


このサーカスの今の面子と言ったら、火吹き男のおれに三つ子のピエロ、高飛車な空中ブランコ乗り、調教師の小娘、それに先代座長の息子二人。
いっそ大きなサーカスに拾ってもらった方がよっぽどいい。
ピエロ共とブランコ乗りは大賛成。
調教師は連れてってやってもいいが、問題は先代座長の息子…特に現座長の兄の方だ。
何とかして上手いこと始末できればいいんだが…


そうだ。
あいつはやたらと見目を気にしてやがる。
客の前で二目と見られない姿にしてやれば、きっと立ち直れないはず。
そうだ、それがいい。
そうしてやろう。
あのすました顔をめちゃくちゃにしてやろう。


*******


街の外れで、今日も小さなサーカスの幕が上がる。


決して大きくはないテントだが、今日も満員御礼。


三つ子のピエロは舞台端で観客に愛嬌を振りまき、ブランコ乗りは細い綱の上から観客席に花を投げる。
腹話術師の少年は相棒のウサギを操りながら、観客に菓子を売り歩く。
調教師の娘が舞台袖から不安げに見つめる中、舞台中央で座長が大仰なお辞儀をひとつ。


「さて、続いてご覧に入れますは我がサーカス自慢の曲馬団!」


慌てて調教師の娘が舞台上に上がり、手にした鞭で地面を叩く。
舞台袖から十数頭の馬達が走り出て、円形に行儀良く並ぶ。
調教師の娘は目を閉じて、大きく深呼吸をして、観客席に向かって笑顔を作った。


「調教師は彼女、イゾルダがつとめます。どうぞご観覧あ…」


完璧な化粧、完璧な口上、今日も公演は大成功。
そのはずだった。


「覚悟しやがれ!!」


突然響いた罵声に観客がざわつく。
座長が声の方向に顔を向けると、舞台袖に樽を手にした火吹き男が立っていた。
彼は舞台袖から走ってくるなり、樽の中身を座長に向かってぶちまけた。


「お客様の前だぞ。何のつもりかね」


かわし切れず、中の液体が座長の足と肩の辺りを濡らした。
鼻をつく不快な臭い。
そして、火吹き男が大きく、息を吸い込む。


立ち込める灯油の臭いと、頬を膨らます予備動作を認識した瞬間―彼は躊躇いなく仕込みステッキの刃を作動させ、火吹き男の喉目掛けて斜めに斬り上げた。
それは恐らく、彼が実行でき得る中では最善の策だったが、しかしそれでも遅すぎた。


ほぼ同時に男の口から炎が吐き出され、切り裂かれた気道からも赤い飛沫と炎が噴き上がった。
火吹き男は火炎を撒き散らしながら倒れ、喉と口から溢れた炎が天幕に燃え移った。
床に撒かれた灯油はあっという間に燃え上がり、座長は炎に包まれて膝から崩れ落ちた。
曲馬団の馬達は炎に怯えて滅茶苦茶に走り回り、調教師の娘は踏み潰された。
三つ子のピエロは逃げ惑い、ブランコ乗りは渡っていた綱が焼き切れて観客席に転落した。
腹話術師の少年は兄の元へ走ったが、その頭上に天幕を支える細い骨の一つが焼け崩れながら落ちてきた。
見る間に炎は天幕を這い上がり、燃えた天幕の切れ端が火の粉と共に観客席に降り注いだ。
観客達は出口に殺到し、恐慌状態に陥った馬達が悲鳴を上げた。



*******



炎と煙と断末魔が見世物テントを覆い尽くした頃、瀕死の座長の前に「それ」は現れた。 


時が止まったようだった。
熱さも痛みも消えてはいなかったが、意識は明瞭だった。
顔を上げると目の前に、黒い靄があった。
薄く半透明なそれはただ、ゆらゆらと霧のように漂っていた。
そして、黒い靄の向こうの光景が透けて見えた。
彼の目はその惨状を認識した。
認識してしまった。


「…イゾルダ」 


調教師の娘は馬に踏みつけられ、引きずられてばらばらに千切れていた。 
美しかった金髪。気弱な彼女の唯一の自慢だった、長い白金色の髪は血と煤ですっかり汚れてしまった。 


「…アンリ」 


腹話術師だった弟は落ちてきた天幕の骨が頭を突き抜けて地面に刺さり、ずるずると座り込んで虚ろな目を見開いたままだった。 
ウサギのぬいぐるみの手は、右手で掴んだまま。


最初は5人だった。 
父と母と。 
僕とアンリと。 
そして、イゾルダ。 
このサーカスは5人で始まった。 


父と母は、流行り病で死んでしまった。 
アンリとイゾルダも、死んでしまった。 
最愛の家族はもういない。 


そして僕も恐らく、此処で死ぬだろう。 
僕達のサーカスは此処で消える。 
父が創り、母が愛した、ささやかなサーカス。 


この炎が喰い尽くしてしまうだろう。 
焼けて、なくなってしまうだろう。 


「…父さん」 


父は事切れる瞬間、僕の手を強く握り締めた。 
父は僕にこのサーカスの未来を、運命を、託したのだ。 
それなのに、僕は。 


「僕は、あなたとの約束を果たせなかったのか」 


父は失望するだろうか。 
母は悲しい目をするだろうか。 


もう手遅れだろうか。 
もう、運命は決してしまったのだろうか。 
もう…何も出来ないのだろうか。 


視界が暗くなる。 
体から力が抜けていく。 
熱さも痛みも、まるで自分のものではないようだ。


「何をしてもいい。何を払ってもいい。僕は」


「僕はまだ…諦めない。僕は」


絞り出した声は掠れていた。 
焼けた喉からひゅうひゅうと音が漏れる。 
土を握り締めた指は皮が捲れ、焼け爛れた肉にギリギリと砂が食い込む、激痛。 
酷い臭いだ。これが自分の焼ける臭いだというのだから、全く厭になる。
顔もどんな有り様になっていることか。今鏡を見たら卒倒するかもしれない、が、そんなことは問題ではない。 
意識が遠退くのを繋ぎ止めるように、手繰り寄せるように、叫ぶ。 


「このサーカスを守ると誓った!何があろうと、諦めるわけにはいかない!」


「僕が座長である限り、このサーカスは在り続けなければならない!!」 


裂けるような痛みの割に、声はほとんど聞こえなかった。
しかし、応えるものがあった。 


《その願いは力になるだろう》


この地獄のような光景には異様な程そぐわない、鈴の鳴るような少女の声が。 


《君が願うなら》


《君が望むなら》


《そして君に覚悟があるのなら》


《私には力を貸す用意がある》


黒い靄が集まり、密度を増していく。 
ぽたぽたと雫を落とす球体を形作ったそれから、何か四角いものの角がぬるりと現れて、どさりと落ちた。 


本、だった。 
黒っぽい革の表紙に刻まれた奇妙な紋章。 


《では問おう》


可憐な声と共に、紋章が赤く輝き出す。 


《叶えたい望みがあるのなら、取り戻したいものがあるのなら、その本を手に取るがいい」 


《それが君と私の絆になる》


《それが君と私を縛る契約となる》


藁にも縋る、という言葉は相応しくない。 
何故だかはわからない。しかし、確信があった。 
この本を手にすれば、僕の願いは果たされるだろう。 
そして同時に、


永劫に逃れられない何かに捕らわれるだろう。 


「…構わない」 


腕は、手は、焼けた皮膚が強張り、うまく動かない。 
必死に伸ばした指が表紙に触れた瞬間、頁の間から黒い靄が溢れ出した。 
靄の中から黒い手のようなものが無数に伸びてきて、腕を、脚を、首を、掴んだ。 
視界が真っ黒に塗り潰され、そこで、意識は、途切れた。 


《いい答えだ》


心臓を冷たい手で掴まれたようなおぞましい感覚。 
それが最後だった。 



*******



きっと二人は僕を赦さないだろう。 
それ故、僕は隠さなければならない。 
真実を知られてはならない。 
それはきっと二人に不幸をもたらすだろう。 
知られてはならない。 
飲み込まなければならない。 
それは座長たる僕の義務だ。 


この先彼等に憎まれることがあったとしても。


僕は、二人を、愛している。

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