のんびり創作ブログ。
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町の外れにある死体捨て場。その、大きな穴の中。
積み上がった死体の山の上に、二人分の新しい死体。
背の高い男と痩せた娘。
兄と、妹。
二人の体には首がない。
妹の首は兄の体の下に敷かれている。
兄の首は、何処にもなかった。
積み重なった死体。白骨。腐肉。そして、真新しい死体。
「ジャグラーか。サーカスにはぴったりじゃないかね?」
日が沈んだばかりの空に、気取った声が響く。
死体を啄んでいた鳥達が一斉に飛び立つ。
現れたのは派手な帽子を被った若い男。
立ち込める腐臭を気にも留めず、男は二人の死体の前に立った。
見下ろす貌は蝋のように白く、作り物めいた唇が笑みの形に歪む。
真っ暗な闇に塗り潰された双眸に、不気味な光がちらつく。
男の周りには黒い靄が漂い、どうやら鳥達を遠ざけたのはそれのようだった。
「ふむ」
男の右手にはステッキが、そして左手には、紋章の刻まれた革表紙の本があった。
紋章が赤く輝き、頁がひとりでにめくれていく。
《呪歌?へえ…これはなかなかレアだよ、ギー》
男の声ではない。
鈴の鳴るような少女の声。
その声が男に語りかける。
姿はない。
可憐な声色にふさわしい少女の姿は、何処にもない。
《呪われたのか魅入られたのか…どちらにしても、人が持つべきものじゃない》
《ねえギー、この娘を連れていくといいよ。きっと役に立つ》
「ふむ?僕はジャグラーが欲しかったのだがね。しかし、貴女がそう言うならこの娘も連れて行こうか」
《うんうん、それがいいよ》
「それにそうだね、兄と妹を引き離すのは心苦しいものだ。ほら、死んで尚妹の頭が鳥につつかれないように守っているなんて、泣かせるじゃないか?」
男は大仰な仕草でステッキを手近な死体に突き刺し、娘の首を拾い上げた。
品定めするように角度を変えて眺め回し、ひとつ頷いた。
「ふむ、なかなか可愛らしい顔をしている」
男の手から離れた本はふわふわと浮遊している。
時折羽ばたくように動き、頁の間から黒い靄が立ち上る。
「しかし、まずは首を繋ぎ合わせないといけないね。これでは歌えない」
《それなら心配ないよ。私の可愛い下僕達の中に、優秀な医者がいるからね。しっかり縫い合わせてくれるよ。ほら、調教師の子とか、君の顔を直してくれた彼だよ。ああ、君は彼のこと、あんまり好きじゃないんだっけ?》
医者と聞いた途端、男の顔にあからさまな嫌悪感が浮かんだ。
「僕はあの男は嫌いだ。だが…仕方ない、今回も頼るしかないようだね」
男は医者とやらを余程嫌っているのか、心底嫌そうな顔で溜息をついた。
《大丈夫だよー、そんな身構えなくても、取って食べたりしないってー》
「どうだかね」
少女の声はどこか能天気な響きだが、男の表情はますます険しくなったようだった。
「……下僕、ねぇ」
《うん? なぁに、ギーも私の下僕になりたいの?》
「……」
男は表情のない貌で本を見返した。
本は数秒完全に空中で停止した後、慌てたようにばさばさと開閉した。
《あは、冗談だよ!君が奉仕に全く向いてないってことは、よーくわかってるよ?》
「…僕の認識では、貴女は怪奇天幕のスポンサーなのだけどね?」
《うんうん、それでいいよ。貸してあげたあの子達、ちゃんとやってる?》
「そうだね、おかげさまでよく働いてくれているよ。何しろ僕では、彼らと契約することはできないからね。対価を払えないとは、この体も不便なものだ」
《あは、それはしょうがないね。まあ何にでも、いいところと悪いところがあるってことだよ!》
男はやれやれと首を振る。
本の方は、何か探すようにうろうろと飛び回り始めた。
《うーん、それにしてもお兄さんの方は、頭が何処にもないよねえ。野犬が持って行っちゃったのかな?》
「おやおや。まあ困りはしないだろう。代わりの頭は必要だが…此処にはあまり、良い素材はないようだ」
男は辺りを見回し、辟易したように首を振った。
《じゃあ行こうか。ここにはもう用はないよ》
急かすように、本が羽ばたく。
「そうだね」
男は短く答え、娘の首と目線を合わせるように持ち上げた。
「ようこそ怪奇天幕へ。歓迎するよ、お嬢さん(マドモアゼル)」
その呼びかけが王子のくちづけだったかのように。
娘の真っ暗に塗り潰された瞳が開いた。
その横で、首のない体が二つ。
背の高い影と痩せた影が、ゆっくりと立ち上がった。
*******
歌を禁じられた歌姫よ。
歌うことが赦されなかったのなら、僕が赦そう。
その歌が愛されなかったのなら、僕が愛そう。
さあ、今宵より君は僕の歌姫だ。
怪奇天幕(われら)の為に歌ってくれたまえ。
その魂が潰えるまで。
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